社員に持たせている法人カードの明細に、業務とは思えない支払いが並んでいた。この場面で経営者や経理担当が最初にやりがちなのが、本人を呼び出して問い詰めることと、次の給与から天引きすると伝えることです。どちらも、順番としても法律の建て付けとしても、そのままでは進められません。
私的利用がなぜ問題になるのか、税務上どう扱われるのかは法人カードの私的利用が問題になる理由|税務上の扱いと是正の手順を整理で扱っています。この記事はその先、実際に発覚したあとに、労務と人事の実務として何をどの順番でやるかに絞ってまとめます。

ステップ1:本人に会う前に、事実を固める
ヒアリングは、材料がそろってからです。先に本人へ当たると、記録の整合が取れないまま話が進み、あとで「言った・言わない」になります。
そろえるもの
- 該当する明細:利用日・加盟店名・金額・使用者名が分かる形で出力します。Web明細は表示できる期間に上限があるため、早めにダウンロードしてください。
- カードの発行記録:誰に何枚渡していたか、いつ渡したか。
- 経費精算の記録:領収書が提出されているか、精算されているか。
- 就業規則と利用規程:会社が何を禁止していると定めているか。
ここで一度立ち止まってほしいのは、加盟店名は店舗の看板と違うことが多いという点です。決済代行会社の名前や運営会社の登記名が入るため、業務利用でも見覚えのない名前に見えます。明細の読み方は法人カードに身に覚えのない請求があったら|確認の順番と異議申立ての進め方で整理していますので、決めつける前に一度確認してください。
明細のスクリーンショットや出力は、日付が入る形で保存してください。あとから作成したと見える資料は、社内でも社外でも説得力を持ちません。
出力した明細やヒアリングの記録は、ほかの書類と混ざらないよう鍵付きのファイルボックスにまとめて保管しておくと、経緯を追いやすく、閲覧できる人も限定できます。
ステップ2:カードの利用を止めるかどうかを決める
私的利用が続いている可能性があるなら、被害の拡大を止める判断が先に来ます。ただし、いきなり止めると本人に察知されます。証拠の保全とどちらを優先するかは、金額の規模と継続性で判断してください。
止める場合は、追加カードだけを停止する方法があるかをカード会社に確認します。本カードごと止めると、会社全体の支払いが落ちます。追加カードごとに利用可能枠を個別設定できるカードであれば、平時から枠を絞っておくことで、こういう場面の被害額を抑えられます。枠の管理の考え方は法人カードで経費の上限を管理する方法|利用可能枠の仕組みと社内ルールの組み合わせ方にまとめました。
ステップ3:ヒアリングは事実確認から入る
呼び出しの席で最初に伝えるのは、「この明細について確認したいことがある」という事実確認の趣旨です。問い詰める形にすると、本人が防御に入って情報が出てこなくなります。
聞く順番
- この利用に心当たりはあるか
- 業務としての利用か、そうでないか
- そうでない場合、いつから、いくつあるか
- 領収書やレシートは残っているか
同席者を置き、日時・出席者・発言の要旨を記録に残してください。本人の同意を得たうえで、記録を確認してもらうとより確実です。

ステップ4:弁済の求め方には法律の制約がある
ここが、この記事でもっとも押さえてほしいところです。
給与からの天引きは、原則としてできない
労働基準法第24条第1項は「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めています。これがいわゆる賃金の全額払いの原則です。同項にはただし書きがあり、法令もしくは労働協約に別段の定めがある場合、または当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(ないときは労働者の過半数を代表する者)との書面による協定がある場合に、賃金の一部を控除して支払うことができるとされています(出典:e-Gov法令検索「労働基準法」)。
つまり「私的利用分だから来月の給与から引いておく」と会社が一方的に決めることはできません。書面による協定の有無を確認したうえで、必要な手続きを踏む必要があります。
あらかじめ違約金を決めておくこともできない
労働基準法第16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。就業規則やカード利用規程に「私的利用が判明した場合は一律◯万円を支払う」といった条項を置くのは、この規定との関係で問題になり得ます。
減給の制裁には上限がある
労働基準法第91条は「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」と定めています。私的利用の金額が大きいからといって、減給という形でまとめて回収することはできないということです。
弁済(お金を返してもらうこと)と、懲戒(制裁として不利益を課すこと)は別の話です。この2つを混ぜると、どちらも法律の制約に引っかかります。まず弁済の合意を取り、懲戒については就業規則の定めに沿って別に検討する、という分け方が基本です。
現実的な進め方
本人が私的利用を認めているのであれば、返済についての合意書を作るのが一般的です。対象となる利用の内訳、返済総額、返済方法と期日を書面にし、双方が署名する形です。分割にする場合は回数と各回の金額を明記します。合意の内容が労働基準法の規定に抵触しないかは、社会保険労務士か弁護士に確認してください。
専門家に相談する前に、労働基準法の基本を一冊で押さえておくと、論点を整理して伝えやすくなります。

ステップ5:懲戒処分をどう考えるか
懲戒処分は、就業規則に懲戒の種類と事由が定められていることが前提になります。定めがなければ処分はできません。厚生労働省は事業主向けに「モデル就業規則」を公開しており、懲戒に関する条項の書き方の参考になります(厚生労働省「モデル就業規則について」)。処分の重さについても、行為の内容・金額・回数・本人の対応・過去の同種事案との均衡といった要素で判断されます。
ここは会社の裁量だけで決められる領域ではないため、処分を決める前に社会保険労務士か弁護士に相談してください。手順を誤ると、処分そのものが無効と判断されるリスクがあります。
また、厚生労働省は「総合労働相談コーナー」を各都道府県労働局や全国の労働基準監督署内などに設置しており、労働者・事業主のどちらからの相談も受け付けています。予約不要で無料、専門の相談員が面談または電話で対応するとされています(出典:厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」)。事業主側からも相談できる窓口がある、というのは覚えておいて損はありません。
ステップ6:警察への相談は最終手段として
金額が大きく、本人が事実を認めず返済にも応じない場合、刑事事件としての対応を検討することになります。ただしこれは会社にとっても負担が大きく、社内への影響も出ます。まずは弁護士に相談し、民事での回収を含めた選択肢を整理してから判断してください。
ステップ7:会計と税務の処理を整える
弁済の合意ができたら、会計処理を直します。すでに経費として計上している分をどう戻すか、本人からの返済をどう受けるか、源泉徴収との関係はどうなるか。このあたりは法人カードの私的利用が問題になる理由|税務上の扱いと是正の手順を整理で整理していますので、顧問税理士と相談しながら進めてください。役員か従業員かで扱いが変わる点も、その記事で扱っています。
再発を防ぐために整えるもの
| 対策 | 何が変わるか |
|---|---|
| カード利用規程を作り、署名を取る | 禁止事項が明文化され、認識のずれがなくなる |
| 追加カードごとに利用可能枠を設定 | 1人あたりの被害額に上限がかかる |
| 利用通知を有効にする | 月次の照合を待たずに気づける |
| 明細確認の担当と頻度を決める | 発見までの期間が短くなる |
| 退職時のカード回収を手順化 | 回収漏れによる利用が起きない |
| 用途別にカードを分ける | 私的利用が混ざりにくくなる |
規程に入れる項目と運用設計は法人カードを社員に持たせるときのルールづくり|利用規程に入れる項目と運用設計、社内外のセキュリティ全般は法人カードの不正利用を防ぐ!社内ルールとセキュリティ対策で扱っています。
カード利用規程とあわせて就業規則の懲戒条項も見直す場合は、就業規則の作り方を解説した本も参考になります。

よくある質問
Q. 本人が「業務のつもりだった」と言っています。どう扱えばいいですか。
グレーな支出はどうしても出てきます。会社としてどこまでを業務と認めるかの基準がないと、判断のたびに揉めます。カード利用規程で対象範囲を具体的に書いておくのが解決策です。判断に迷う支出の考え方は法人カードの個人利用はNG?公私分離のルールと対処法を解説で扱っています。
Q. 退職した元社員の私的利用が後から分かりました。
雇用関係が終わっていても、不当利得や損害賠償として返還を求める余地はあります。ただし労働者ではなくなっているため、進め方が在職中とは変わります。弁護士に相談してください。
Q. 本人が返済に応じません。給与から引くことは本当にできませんか。
労働基準法第24条第1項の全額払いの原則があり、書面による協定などの要件を満たさずに一方的に控除することはできません。本人の同意がある場合の扱いについても慎重な判断が求められる領域です。社会保険労務士か弁護士にご相談ください。
Q. 私的利用の分は、会社の経費として落としてはいけませんか。
事業のための支出ではないため、そのまま経費にはできません。役員か従業員かによって税務上の扱いが分かれるため、顧問税理士と処理方法を決めてください。
Q. 社内に公表すべきですか。
個人が特定される形での公表は、本人のプライバシーや名誉との関係で問題になり得ます。再発防止のために事案の概要を共有するとしても、個人が分からない形にとどめるのが無難です。
Q. カードを取り上げるだけで済ませてもいいですか。
返済や会計処理を放置すると、税務上の問題が残ります。カードの回収は被害を止める措置であって、処理そのものではありません。金額の確定と弁済の合意までは進めてください。
まとめ
従業員の私的利用が発覚したときの実務は、①事実を固める ②被害の拡大を止める ③事実確認としてヒアリングする ④弁済の合意を書面にする ⑤懲戒は就業規則に沿って別に検討する ⑥会計と税務を直す ⑦仕組みを整える、という順序で進みます。
特に④と⑤は、労働基準法第24条(全額払い)、第16条(賠償予定の禁止)、第91条(減給の制裁の制限)という3つの規定が関わります。会社の側が良かれと思って取った措置が、あとから覆ることがある領域です。金額が大きい場合や本人が争う姿勢を見せている場合は、早い段階で社会保険労務士・弁護士に入ってもらうのが結果的に一番早く収まります。この記事は条文で確認できる範囲の整理であり、個別の事案についての法的助言ではありません。


